ドアを出て3歩歩いてドアを叩く
4月18日木曜日の夜、ドアを出て3歩歩いてドアを叩く
今日から同居人のラルフはオースター休暇で実家に戻って、僕は1人でこのオースター休暇を過ごすことになっているが、普段と変わらない制作の日々を送ろうと目論んでいた。木曜日も日中アトリエで働いて夜に帰ってきた。そして夕食を作っていると、お向かいに住んでいるマルコスが窓から手を振っているのに気がついた。窓を開けて、「どうしたの?」と聞いてみる。すると彼はこう答える。「何してんの?」とてもマルコスらしい表現だ。僕は「今ご飯を作ってるところだ」と答えた。そしてマルコスに「何してるの?」と僕も尋ねた。彼も「ご飯を作ってるところだ」と答えた。そして彼は続けて「ワインを飲みに来ない?」と言ってくれた。僕はちょっと考えて、「ご飯食べた後に少し行くよ」と答えた。僕は正直あんまり乗り気ではなかった。なぜならちょっと疲れてたから。でも同時に、確かにちょっとワイン飲みたいなとも思った。普段アルコールはそんなに飲まないが、仕事終わりの後などは少し飲みたくなるものだ。僕はその誘惑に負けて、ご飯を食べた後、マルコスの家に向かった。扉を出て3歩歩いて扉を叩く。マルコスが迎えてくれた。とても良い笑顔だった。そして僕をリビングまで通してくれて、「何か飲みたい?」と聞かれたので、僕は「あなたは何が飲みたいの?」と答えた。というのも、僕はアルコールをそんなに飲めないから、僕のために新しいワインの瓶を開けてもらうのはとても忍びなかったからだ。すでに空いているもの、あるいは彼が飲む予定のものがあれば、それを少しもらえればいいなという気持ちだったんだ。でも彼は再び何度も僕に聞く。「何が飲みたいんだ?」僕は「そうだなぁ、赤がいいなぁ」と答えた。そして僕たちは赤ワインで乾杯した。そのワインは、マルコスがフランスに住んでいたときの知り合いから買ったもので、2年前に買って寝かしていたと言ってそれを開けてくれた。軽めの赤ワインでとてもフルーティーでおいしかった。マルコスは「このワインは冷やしたほうがいいな」と言って冷蔵庫に入れた。冷やしたものを僕も飲んでみると、確かにワインの“角”、軽いワイン独特の刺激というか、舌に口の中で広がるトゲトゲした感覚が薄まって、少しまろやかに感じられてさらに美味しかった。
ワインの話ばかりしてしまったが、彼は料理をまだ作っている途中だった。オーブンを開けて1羽の七面鳥を見せてくれた。「鳥をやってるんだ」みたいに。「食べるか?」と聞かれたので、僕はお腹いっぱいだったけど「食べる」と答えた。なぜならとても美味しそうだったから。そしてマルコスもとてもうれしそうに料理をしていた。お肉を食べられるのは奥さんがいない時だけらしい。彼の奥さんのドンヤとも僕は知り合いだけど、ドンヤはベジタリアンだから、彼女がいる時は基本肉料理をやらないんだ。1人の時、料理を楽しむときに肉料理をやると彼は話してくれた。そして、この鶏肉のオーブン焼きは「自分の中で一番うまくできる肉料理の一つだ」と言っていた。焼き上がるまで40分から50分ほど。その間、雑談しながら待った。途中、彼はオーブンを開けて、七面鳥を裏返していた。そうすると、お腹側までパリッと焼けるんだって。焼き上がったので、いただいた。すごく美味しかった。「これ、どうやって作ったの?」と聞くと、嬉しそうに説明してくれた。
まず大事なのはフェンヒェルという野菜とトマト。この2つだ。そこにオイルとローズマリー、トムヤン、塩胡椒をして、その野菜のベッドの上に鳥、鶏肉を寝かせてあげるんだ。鶏肉にも同じようにオイル、塩胡椒、そしてローズマリーとトムヤンを手で丁寧に塗り込んであげる。そして最後に、途中で同じように味付けしたじゃがいもを加える。じゃがいもは焼き上がりの40分前くらいに加えると良いと教えてくれた。旨味がすごかった。どうしてこんなにおいしいんだろう。すごく感動した。鶏肉の皮はパリパリで、中はしっとり。内側からしっかりと、それでいて優しい鶏の旨味が感じられた。野菜はトロトロになっていて、特にフェンヒェルが鶏肉からの肉汁を吸って、信じられないほど美味しくなっていた。個人的にはじゃがいもが格別だった。
マルコスのチョイスした音楽を流しながら食事をした。彼にとって音楽はとても大事なものらしく、昨日僕に聞かせてくれたのは、彼が16歳くらいのときに聞いていた曲。それを流しながら、「これはもう俺の心の中を見せているのと一緒だ」と言っていた。確かに、人それぞれに鳥肌が立つような音楽っていうものがあって、それはその人の心に響いたもの。リズムだったり、歌詞だったり、声だったりだと思うんだけど、それは確かに自分自身をさらけ出す、見せるということにもなるなぁと思った。そういう話の流れから、ドンヤとマルコスの出会いの話とかも聞いたり、2人の娘さん、ファビアンとローザの話を聞いたり、僕は僕で自分の近況を話したり、これからの選択についてちょっと話したりしていた。
そんな話をしていると、マルコスが「そういえばさぁ、Takashiが到着したときにワイン何がいいって聞いたじゃん?その時にTakashiは“あなたは何飲むの?”って質問に質問を返したよね。あれはどうして?」と聞いてきた。そして僕は、最初に書いたように「僕のために新しいワインを開けてほしくない」という思いからそういう発言になったのだと説明した。するとマルコスは、「それは良くないよ」と言う。マルコスは、まぁゲスト――つまり昨日は僕がゲストだったんだけど――ゲストに聞くとき、彼はその人のためにワインを分けたいと思っていると話してくれた。だから、僕が飲みたいものを正直に言うということが、彼にとってはとても大事なことだったんだと説明してくれた。
確かに思い返すと、「何飲みたい?」と聞かれて「何でもいい」とか「あるものでいいよ」とか、これまでもそういうふうに答えるのが普通だった気がする。でも、彼にとっては、僕が何を飲みたいのかというのが一番重要で、もてなす側にとったらそれを正直に言ってもらうことが大切なんだということを学んだ。
そういう話をして気がつくと、もう12時前になっていたので、僕は「寝に行く。もう眠い」と言ったら、マルコスは「じゃあ今からBARに行こう」と言ってきた。僕ははっきりと「行かないよ」と答えた。